車椅子社長こと春山満の学歴や経歴とは?奥さんや子供はいるの?
「春山満さん ご冥福をお祈りしますう」より引用
株式会社ハンディネットワーク インターナショナル 代表取締役である春山満。首から下が麻痺しているため、車椅子のっていました。そのため、ついた名称は「車椅子社長」。残念ながら、2014年の2月に60歳という若さで亡くなりました。
今回はそんな「車椅子社長」こと春山満さんについてチェックしていきたいと思います。
春山満のプロフィール
名前 | 春山満 |
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出身 | 兵庫県 |
生年月日 | 昭和29年2月13日 |
年齢 | 享年60歳 |
主な経歴 | 全国初の福祉のデパート「ハンディ・コープ」開業 「アジアの星」25人に選出 高齢者住宅運営会社オリックス・リビング株式会社設立 |
春山満の経歴と学歴
春山満さんは昭和29年に生まれ、兵庫県出身の方です。学歴を調べてみましたが、見つかりませんでした…春山さんといえば「車椅子社長」という名称。実は、24歳の時に「進行性筋ジストロフィー」を発症しています。この病気は筋肉の細胞が徐々に壊れていく病気。自分の力ではタバコ1本を吸うこともできないし、トイレの後始末もできない重度の障害です。
難病に指定され、治すことの難しい病気と言われています。この病気を発症した春山さんは首から下の自由を失ってしまい車椅子生活を余儀なくされてしまいます。
普通の人がそんな状況になってしまったら落ち込んでしまうところですが、春山さんは違います。このころのインタビューでこう語っています。
敵は自分自身の弱さだ。借金?難病?その程度が「奈落の底か?」甘ったれんな!
「掟破りの成功法則(愛蔵版): 破天荒創業者のマジ語り」より引用
すごいですよね…首から下までが麻痺した状態でもこんなことを言えるなんて…さらにはこんな言葉も残しています。
私が今、全身動かない自分のことをどう思ってるか知ってますか?生きてるやん!ラッキー!そう、ボクもあなたもとことんラッキーなんですよ!
「掟破りの成功法則(愛蔵版): 破天荒創業者のマジ語り」より引用
実は、春山さんはこの難病を発症する前は不動産業を営んでおり億単位のお金を動かしていたそうです。しかし、24歳の時に発症してからというものどんどん自分の体が衰えていく…それに借金があり、1億円あったと言われています。そんな状況にもかかわらずこのような言葉を残しているんです。
しかし、常に前向きだったわけではないようです。まだ歩けるくらい体が動く時は周りには病気のことは「ちょっと腰痛で体調が悪い」と隠していたみたいで、お金を借りていた方からこんな言葉をかけられた時は落ち込んだそう。
「おまえは、年がら年じゅう腰が悪いと言い訳ばかりするが、そんなに腰が悪いんなら病院でもどこでも行って、療養でも何でもしてしまえ。おまえみたいなやつが一人欠けようが二人欠けようが世の中痛うも痒うもないんじゃ。言い訳ばっかりして人に迷惑かけやがって!おまえみたいなもんは、仕事やめて療養でもしとったほうが社会のためや」
「掟破りの成功法則(愛蔵版): 破天荒創業者のマジ語り」より引用
それまでは「死んだ方がマシ」と思ったことはあったものの、この時に初めて「死のう」と思ったそうです。また、病気のことや仕事のことで泣いたことはなかったのですが、この時だけは大声をあげて泣いたとか。
そんな状況だった春山さんですが、なんとか頑張って借金を返すことができ、病気を発症してから10年後の1988年に(当時34歳)日本で初めての介護用品のデパート「ハンディ・コ-プ」を大阪市浪速区に開業します。今では介護用品ショップは日本に数多くありますが、当時は全くなく、「ハンディ・コ-プ」が日本で初めての介護用品ショップだったそうです。
実は、その当時「トヨタ」も福祉ビジネスがチャンスだと思っていたらしいのですが、具体的にどうやって福祉車両を改善していけばいいのかわからなかったんだとか。
なので、トヨタは自らが身体障害者であり経営者である春山さんに提携を申し込んだそう。そして、春山さんは自らの体を実験台にして様々な改善案を提案し、大ヒット商品である「ウェルキャプ」というものを生み出しました。
そして、「ハンディ・コ-プ」は順調に成長していき、1991年には株式会社ハンディネットワーク インターナショナルを設立。
自らが身体障害者であり、日本の介護業界の発展に大きく貢献した春山はアメリアの「ビジネスウィーク」誌にアジアを代表する指導者として「アジアの星25人」に選出されたことがあります。
2005年には高齢者住宅運営会社オリックス・リビング株式会社を設立、2007年に公益財団法人国家基本問題研究所 評議員就任、2008年にハワイシニアライフ協会 名誉理事就任、などなどの経歴を持ちます。
春山満が出版した本
壮絶な人生を歩んできた春山さんですが14年2月23日に呼吸不全で亡くなられています。生前にいくつか本を出版されていますのでいくつかご紹介させていただきます。
興味のある方は是非チェックしてください。
Amazon:「僕はそれでも生き抜いた」より引用
Amazon:「僕にできないこと。僕にしかできないこと。」より引用
Amazon:「若者よ、だまされるな! 」より引用
奥さんは専務取締役の春山由子
春山さんには奥様がいます。春山由子(ゆうこ)さんという方です。実は奥様も春山さんの会社であるハンディネットワークインターナショナルの専務取締役を務めてます。
Yahooニュース :「「車いす社長」の妻由子さん 古い写真と亡き夫への想い」より引用
そして、奥さんも「仲が良かったのは、難病のおかげ」という本を出版されています。高校時代の満さんとの出会いからなくなるまでを綴った本です。
Amazon:「仲が良かったのは、難病のおかげ」より引用
また、子供さんが2人います。長男の春山哲朗さんは会社を継いでおり「代表取締役」に就任しているようです。
これまで日本の介護に全力で貢献してきた春山満さん。是非、息子さんにもその意思をついでもらってこれからも頑張っていただきたいですね!