吹浦忠正(激レア)の経歴やwikiプロフィール!高校や大学、現在についてチェックします!
「北方領土問題と日露関係学ぶ 吹浦さん講師に立教志塾」より引用
「激レアさんを連れてきた」に東京オリンピックでただの国旗オタクの大学生だったのに、国旗制作を任された男として吹浦忠正さんが出演されるということなのでチェックしてみました!
吹浦忠正のwikiプロフィールや経歴、出身高校や大学、現在の活動などについてまとめていきますので、ぜひ最後までご覧ください!
吹浦忠正のwikiプロフィール
名前 | 吹浦忠正(ふきうら ただまさ) |
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出身 | 秋田県秋田市 |
生年月日 | 1941年3月17日 |
年齢 | 76歳(2018年現在) |
学歴 | 早稲田大学大学院 |
主な経歴 | 国際赤十字バングラデシュ・ベトナム各駐在代表 日本赤十字中央女子短期大学助教授 埼玉県立大学教授 ユーラシア21研究所理事長 拓殖大学客員教授 世界の国旗普及協会理事 日本国際フォーラム評議員 |
吹浦忠正の学歴とは?出身高校や大学はどこ?
吹浦忠正さんは1941年に秋田県秋田市で生まれました。大学は「早稲田大学大学院」を卒業しているみたいです。高学歴の持ち主のようですね〜。
出身高校については、情報がなくてわかりませんでした。まぁ、おそらく秋田県の高校に通っていたのではないかと思います。早稲田大学に進学しているとのことですので、秋田県の進学校でしょうね。
吹浦忠正のこれまでの経歴とは?
吹浦忠正さんは小学校4年生の時に国旗が大好きになって、国旗オタクになったそうです。そのきっかけは吹浦忠正さんの部屋にあった世界地図。
その世界地図には世界各国の国旗が書いてあって、その中の北欧の5つの国の国旗がどうしても気になったそうです。なぜかというと、その5つの国旗には同じような十字のマークが入っていたから。その国旗がこちらです↓↓↓↓
「吹浦忠正の経歴や現在の活動は何?大学や結婚についても調査!」より引用
確かに!www
同じような十字のマークが入っていますね。面白い…私も国旗オタクになってしまいそうですwww
吹浦忠正さんは小学生の時にこれに気づいて、先生に「なんでこれらの国旗には十字のマークが入っているんですか?」と質問したんだとか。ですが、もちろん先生がそんなこと知るわけはなく、この質問に答えられなかったそうです。
そんな先生を困らせたエピソードがあるんだとか。なんか、すごい人って幼い時に大人である先生を困らせるエピソードを持っていませんか?www
白熱電球などを発明したことで知らんれるエジソンは数学の授業で「りんごが3コ、こっちに2コあります。あわせたら5コですね?これが『3+2=5』です」というものに対して、「先生、こっちのりんごが青りんごだった場合違いますよね?」と困らせたことがあります。
すごい人って、なんか普通の子供と視点が違いますよね〜。ん?もしかして、あなたは「エジソンは世界的に有名な人で、吹浦忠正さんとはレベルが違うだろ!」と思いましたか?
いやいや、吹浦忠正さんも十分にすごい方なんですよ〜。「埼玉県立大学教授」「拓殖大学客員教授」「日本国際フォーラム評議員」などを務めてきたすごい方なんです!社会的地位はかなり高いと思われます。
ちょっと話が逸れてしまったので話を戻しますが、そんなこんなで幼い頃から国旗オタクだった吹浦忠正さんにあることがきっかけで大きな仕事が舞い込んできます。
なんと、早稲田大学在学中の20歳の時に1964年の東京オリンピックで「東京大会組織委員会国旗担当専門職員」に任命されたんです!
吹浦忠正さんは国旗オタクだったので、大学生の時に世界の国旗に関する本を出版していたらしいんですよ!だから、日本一の国旗の専門家として東京オリンピックの国旗を作るという大仕事を任されたんです。
なんでも、当時は国旗を作ることはとても重要な仕事だったんだとか。国旗はオリンピックの表彰式とかでその国旗を世界中が目にするもの。なので、間違えて作ってしまうと外交問題などになりかねないので、非常に重要な仕事だったらしいんですよ。
しかも、「各国旗は同じサイズにすること」という規定があったんです。しかし、東京オリンピック委員会には国旗に詳しい人などいない…ということで、日本中で「国旗の専門家」を探したところ、世界の国旗に関する本を出版していた吹浦忠正さんに依頼が来たというわけなんですね〜。
吹浦忠正さんも「オリンピックで国旗を作ることが夢だ!」というわけではなかったでしょうから、まさかそんな大仕事が舞い込んでくるなんて思ってもいなかったでしょうねwww
吹浦忠正さんはびっくりしたらしいのですが、この仕事を引き受けました。旗を作る会社である「国際信号旗」を経営していた三宅社長という方と協力してこの仕事をこなしたそうです。結果は見事成功。ただの国旗オタクだった大学生がオリンピックの国旗を作るという大仕事をやってのけたんですね〜。
ちなみに、吹浦忠正さんが国旗オタクになった背景には、幼い頃の病気が関係しているみたいです。幼い頃に「大腸カタル」という病気を患ってしまったらしく、長いこと自宅で療養生活を送っていたんですって!そんな時に部屋にあった国旗があしらわれた世界地図が辛い現実を忘れさせてくれたんだとか。
国旗を見ては広い世界に思いを馳せていたんですって!病気は辛かったでしょうが、その経験が後に活きてくるなんて、人生は不思議なものですね〜。
吹浦忠正の現在の活動とは?
吹浦忠正さんは大学教授や日本国際フォーラム評議員など数々の仕事をしてきたみたいですが、現在は何をしているのでしょうか?ちょっと調べてみたのですが、情報を見つけることができませんでした。
まぁ、もう76歳と高齢なのでゆっくり過ごしているのではないでしょうかね?ちらっと見た情報では講演会とかを行っているようだったのですが….
でも、2016年に「吹浦忠正さんインタビュー」という動画がyoutubeで公開されているんですよね。学生が東京オリンピックで国旗を作ったことについてインタビューしているものみたいです。2年前にこういう活動をしているということは、まだ現役で大学教授とかをしているかもしれませんね!
あと、吹浦忠正さんは数多くの本を出版したりもしているんですよね〜。政治のことについてや、人権のことについての本を出版されているみたいです。興味のある方は調べてみてください〜。